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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)187号 判決

原告

後藤雄一

被告

久留島了

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東京都世田谷区に対し、金一五万〇四一四円及びこれに対する平成元年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、東京都世田谷区(以下「世田谷区」という。)の住民であり、被告は、本件で問題とする支出が行われた当時世田谷区議会事務局次長であった。

2  公金の支出

(一) 被告は、世田谷区議会事務局に係る資金前渡職員とされていたところ(世田谷区会計事務規則(平成二年規則第二三号による改正前のもの)八〇条、二条三号、四号)、平成元年一〇月三一日に開催されることとなった世田谷区議会運営懇談会(以下「本件懇談会」という。)の開催に伴う会議費として現金二〇万円の前渡を受けた。

(二) 被告は、同日東京都新宿区歌舞伎町二丁目一〇番八号サンライズビル五階所在の「寿里」(以下「寿里」という。)において開催された本件懇談会の料理、酒等の代金として、寿里に対し、右(一)の前渡に係る現金から一五万〇四一四円を支払った(以下、この支払を「本件支払」という。)。

3  支出の違法

(一) 本件支払に先立ち、世田谷区議会議長は、右2(二)の日時場所において本件懇談会を開催すること及びその出席者等を決定した(以下、この決定を「本件事案決定」という。)。

(二) しかして、世田谷区議会の議会運営懇談会(以下「議会運営懇談会」という。)の開催の事案決定のうち、その場所及び費用については、同区の区長その他財務会計上の権限を有する職員が、その開催のために必要な財務会計行為をするに当たり、それが適法かどうかを審査する権限を有し、義務を負うものと解すべきである。したがって、右議会運営懇談会の開催の事案決定のうちその場所及び費用に関する部分が違法である場合においては、その開催のためにされた公金の支出は違法となるものというべきである。

(三) ところで、同区議会議長の見解によれば、議会運営懇談会とは、同区議会議長が、同区議会の円滑、効率的、かつ適切な運営を達成、確保することを目的として、必要と認められる事項、案件に関し、妥当な時期を選定し、適当な会派の、相当な議員等に出席を要請して開催するものであるとされている。

しかるところ、本件懇談会の開催された寿里は、歓楽街である東京都新宿区歌舞伎町内にあって、スナック、バー、飲み屋の入っている雑居ビルに所在するスナックである。議会運営懇談会が、右のような趣旨、目的のもとに開催され、しかもその出席者名等を公開することが同区議会の運営の硬直化や停滞を招きかねないというような会合であれば、右のようなスナックにおいてこれを開催する理由はなく、本件事案決定が本件懇談会を寿里で開催するとしたことは、議会活動の在り方として社会通念上是認され得ないところであって、違法である。

そうすると、これに基づき本件懇談会の開催のためにされた本件支払も違法である。

4  被告の責任

被告は、資金前渡職員として、右3(二)のとおり本件事案決定のうち開催場所及び開催費用につきその適法性を審査すべき義務を負っていたにもかかわらず、故意又は過失により右義務を怠ったから、これによって世田谷区の被った損害を賠償する責任がある。

5  損害

世田谷区は、違法な本件支払により、一五万〇四一四円の公金を支出し、これと同額の損害を被った。

6  監査請求

原告は、平成三年六月二五日世田谷区監査委員に対し、本件支払の事実について監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は、同年八月一六日原告に対し、本件監査請求は理由がない旨の通知をした。

7  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、世田谷区に代位して、被告に対し、損害賠償請求として、違法に支出した公金の額に相当する金一五万〇四一四円及びこれに対する本件支払のされた日である平成元年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を世田谷区に支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)及び2(公金の支出)の各事実は認める。

2(一)  同3(支出の違法)(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の主張は争う。

(三)  同(三)の事実中、議会運営懇談会が、世田谷区議会議長において同区議会の円滑、効率的、かつ適切な運営を達成、確保することを目的として必要と認められる事項、案件に関し、妥当な時期を選定し、適当な会派の相当な議員等に出席を要請して開催するものであるとされていること、寿里がいわゆる雑居ビルの五階に所在すること、議会運営懇談会が非公開であることは認め、その余は知らない。主張は争う。

3  同4(被告の責任)及び5(損害)の各主張は争う。

4  同6(監査請求)の事実は認める。

三  被告の主張

1  請求原因3(支出の違法)(二)について

本件懇談会は、世田谷区議会の事務を統理し、同区議会を代表する同区議会議長が、議会活動の一環としてこれを開催したものである。その開催に要する経費は一般会計の議会費に計上され、その開催を前提として、同区長が、予算執行者としてこれを支出するが、本件のように資金前渡がされた場合においては、資金前渡職員が同区長の右支出に関する権限を代わって行使することとなる。

ところで、地方公共団体において、議決機関である議会と執行機関である長とは、それぞれ独立した機関であり、法律の定める場合を除き相互に干渉することは許されない。そして、議会は、住民を直接代表する機関として、予算の議決、条例の制定等の当該地方公共団体の意思決定を行うほか、契約の承認や事務に対する検査等を通じて執行機関を監視するものであり、その活動に必要な調査等につき、執行機関である長の指揮監督を受けることはあり得ない。

したがって、議会活動に要する経費の予算執行権は長に属するが、長は、予算措置がされていないとき、若しくは予算配当がないときのように予算制度自体に関する理由により右経費を支出できない場合、又は右議会活動に重大かつ明白な違法があるためにこれが不存在であるのと同視し得るような場合でない限り、予算執行権が自らに属することを理由として右経費の支出を拒否することはできない。

しかるところ、原告の主張によっても、本件懇談会の開催に重大かつ明白な違法があるとすることはできない。そうすると、被告は、資金前渡職員として区長の予算執行権を代わって行使する者であるから、本件懇談会に要する経費の支出を拒否することはできないこととなる。

また、同区議会事務局の職員という立場についてみても、その次長である被告が上司である同区議会議長のした事案の決定について、その適否を審査する権限を有しないことは明らかである。

そうすると、被告は、いずれにせよ本件事案決定の適法性を審査する権限を有しないこととなるから、仮に本件事案決定が違法であるとしても、本件支払が違法となるものではない。

2  請求原因3(三)について

議会運営懇談会は、各議員、各会派又は執行機関の間の意見交換、協議、交渉又は調整の場を提供し、もって、相互の意志疎通を図り、信頼関係を維持することを目的とするものであって、これが、偶々酒食の提供される場所において開催されたとしても、そのこと自体によって違法となるものではない。

また、酒食の提供が会議の参加者の間の率直な意見交換と相互理解を促進するために有効であることは一般に認められているところであり、しかも、本件懇談会の出席者数は一一名であり、その開催に要した経費の総額は一五万〇四一四円であって、出席者一人当たりの経費は一万三六七四円に過ぎないから、本件懇談会の開催及びこれに伴う右の額の経費の支出は社会通念上是認されるべきものである。

したがって、本件事案決定自体も、これをもって違法ということはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2及び6の各事実並びに同3(一)の事実及び同3(三)の事実中、議会運営懇談会が、世田谷区議会議長において同区議会の円滑、効率的、かつ適切な運営を達成、確保することを目的として必要と認められる事項、案件に関し、妥当な時期を選定し、適当な会派の相当な議員等に出席を要請して開催するものであるとされていること、寿里がいわゆる雑居ビルの五階に所在すること、議会運営懇談会が非公開であることは、当事者間に争いがない(なお、右争いのない事実によれば、本件監査請求は本件支払のあった日から一年を経過した後にされたものであるが、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件支払のあった事実について、一般住民はこれを知り得なかったところ、原告が平成二年一二月二六日世田谷区議会に対し、同区情報公開条例五条一号に基づき本件懇談会の会議費の支出に関する文書につき情報の公開の請求をし、同区議会が、平成三年六月三日に右文書につき情報の公開をしたため、これによって住民は右事実を知ることができるようになったことが認められ、右認定事実に照らせば、本件監査請求については地方自治法二四二条二項ただし書にいう正当な理由があるものと認められる。)。

二請求原因3について

1  原告は、本件事案決定が違法であるから、これに基づいてされた本件支払が違法である旨の主張をするので、これにつき検討する。

2  普通地方公共団体においては、議決機関として議会が置かれ(地方自治法第六章)、執行機関として長のほか委員会又は委員が置かれている(同法第七章)。そして、議会の議長は、議会の事務を統理し、議会を代表し、議会の事務局の事務局長及びその他の職員を任免するものとされ(同法一〇四条、一三八条五項)、事務局長は議長の命を受け議会の庶務を掌理し、その他の職員は上司の指揮を受け議会の庶務に従事するものとされている(同条七項、八項)。他方、長と議会との関係については、同法上、議会における条例の制定等について異議があるときは、長はこれを再議に付することができること(同法一七六条)、議会の議決が収入又は支出に関し執行することができないものがあると認めるときは、長はこれを再議に付さなければならないこと(同法一七七条)、議会が成立しないとき等は、長はその議決すべき事件を処分することができること等が規定されている。(以上の各規定は、同法二八三条一項により特別区に準用されている。)

右各規定によれば、特別区において、議会と区長とは独立かつ対等の機関とされ、区長は、議会に対しては、所定の場合においてその議決を再議に付し、その議決すべき事件を処分する等の権限を有するに過ぎず、指揮監督等の権限を有しないものと解される。

そうであるとすれば、特別区の区長は、議長が議会の事務としてする会議の開催について、これに伴う経費の支出につき予算の裏付けがある以上は、右の会議の開催を阻止し、又は無視することはできず、議長がした右の会議の開催に関する事案決定が不存在であるか、又はこれに重大かつ明白な瑕疵があってこれに基づきその費用を支出すること自体が違法となるような場合でない限り、区長は、議会の事務として開催される会議に要する経費を支出しなければならないものというべきである。

3 しかして、右一の争いのない事実によれば、本件懇談会は、世田谷区議会の議長が同区議会の事務としてその開催を決定した(本件事案決定)ものであることが認められる一方、原告が本件支払の違法事由として主張するところは、本件支払自体の帯びる違法ではなく、同区議会の議長がその独自の権限に基づいてした、右の本件懇談会の開催の決定に関する違法である。したがって、右2のとおり、同区の区長及び収入役、これらの者から権限の委任を受けた者並びに資金前渡職員に指定された者その他の財務会計上の権限を有する職員は、右の事案決定が不存在である場合、又はこれに重大かつ明白な瑕疵がある場合でない限り、これを前提としてその要する経費につき公金を支出しなければならないものというべく、右の程度に達しない本件事案決定の単なる違法は本件支払の違法事由となり得ないものと解される。

そこで進んで、原告が本件事案決定の違法事由として主張するところが、本件支払を違法とするような事由であるかどうかにつき検討する。

原告の右主張は、要するに、本件事案決定が本件懇談会を東京都新宿区歌舞伎町という歓楽街に所在するスナックにおいて開催するとしたことが、社会通念上是認され得ず、違法であるというにある。しかし、〈書証番号略〉によれば、議会運営懇談会は、世田谷区議会の活動の一環として、同区議会議長において、同区議会の円滑、効率的、かつ適切な運営を達成、確保することを目的として、必要と認められる事項、案件に関し、妥当な時期を選定し、適当な会派の、相当な議員等に出席を要請して開催するものであることが認められる。議会運営懇談会がこのような性格、目的をもつものであれば、同区議会の議長は、その裁量により、その趣旨に沿って、これをどのような地域及び会場において開催するか、会議に際し酒食を提供するかどうかを決することができるものであり、これをいわゆる歓楽街といわれるような地域にある飲食店において酒食を供しつつ開催することとしても、何らその裁量の範囲を逸脱したこととならず、まして、その決定に重大かつ明白な違法があるといえないことは明らかである。

したがって、原告が本件事案決定の違法事由として主張するところは、それが不存在であり、又はそれに重大かつ明白な瑕疵があるというような、本件支払を違法とするに足りる事由となり得ないものというべきである。

4  そうすると、本件支払の違法事由として原告の主張するところはこれを採用することができないから、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

三よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官長屋文裕)

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